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余白・・
テレワーク就労が一般的になり通勤での勤務から、在宅での働き方も併用できる時代になってきました。オンラインでミーティングやセミナーが普通に行われるようになってきました。
リアルな会議等との違いは、事前の準備が相当に大切になることと、発言者は順番を待つことになります。リアルな会議では、司会者や発言者は参加者の表情や反応を確認しながら、質問することや急に意見をもとめることもあります。これがオンラインになると表情が分かりづらいので、どうしても手順に沿った進行になってしまいます。
レジュメに沿って粛々と進行する会議や講演は問題が起こりにくくはなりますが、ハプニングや広がりが期待できないので面白さは薄れてしまいます。会議等は情報を伝達することが重視されて検討する要素が薄れてきます。決まったこと、規格化されたものをなぞっている印象が強くあります。
この現象を波で表現すると、アナログ波からデジタル電子化になり、波が規則正しいデータにされることで、安定性は増しますが、人間社会にその原理のみが取り入れられると、意外性や面白さが薄れてしまいます。会議等は参加者の意見に不安や自信が見られることや、そこから想定しなかったことが突然生み出されることに真の目的があります。規格化されたものから一部曖昧なものや余分なものが加わることの楽しさは誰しも経験されていることだと思います。
子どもの遊びでは、決められたルールが徐々に広がることがあります。鬼ごっこでは、鬼が10数えることから、20になること、また小さな子が参加すると、見つけて追いかけてタッチするだけでなく、完全に捕まえることがルールになることもあります。またゆっくり追いかけて逃がしてあげることも自然に行われます。
決められたルールがデジタルな時代にあると、それが定義され、具体化され、とても窮屈になってしまいます。PCには、ネットワークにはこれが最適なのですが、人間には苦痛になることもあります。社会には曖昧にしておいたほうがよいこともたくさんあり、また規則からはみ出した要素も必要な存在として認めることも大切になります。余分、余暇、余韻から余裕のある社会を目指したいものです。