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ぷろぼのくまの
インフルエンザが猛威を振るっており、職員や利用者から感染の報告がきています。皆様お気を付けてください。
私は、20年前に喉頭がんで声を失い、仕事も整理し生きることの希望もなくなり、病気と闘いながら、2年後に未来を見つめるきっかけを求めて紀伊半島を旅しました。そこで太地町の海を眺めながら、ふと購入した新聞にIターン夫婦が自作の木造の家を建て、自然栽培で蕎麦や菜の花を栽培している記事があったので、熊野川町に訪ねていきました。その方と友人になり、共に人生を語り、自然に沿って素朴な生き方をすることを教えられました。その後、廃校になった小学校をお借りして、NPO活動を始め、都会から多くの若者が訪れるようになり、その中に今回、「NPO法人ぷろぼのくまの」を設立した柴田君がいました。
彼は、2年前から障害者や生きにくさを感じている若者たちに、何かできることがないかとの思いが強くなり、定期的に奈良のぷろぼのに来るようになりました。都度、障害児・者の就労支援の現場で多くのことを学び、今回、熊野に適したプログラムを作り、3月から本格的に福祉事業を始めることになりました。
新宮市の商店街に皆さんの理解と協力をいただいて部屋をお借りし、これから手作りの福祉事業所づくりが始まります。先日、開設記念のシンポジウムが企画されましたので、私も職員と共に応援とお祝いに伺いました。会場には福祉、医療、教育、行政や当事者や家族の方が150人ほどお越しになり、とても熱心で切実な質問が出されました。私どもも、これまでの知識や経験から、お役に立てることができればとの思いで、意見を述べさせていただきました。
引きこもりの本人や家族への対応、障害があるけれど将来の可能性を高めるために早期の訓練を受けたほうがいいかどうか、発達障害の症状や留意点について、また熊野地域の福祉インフラの充実についての意見も多く出ました。これらのご意見や思いを「NPO法人ぷろぼのくまの」が共に考え、協働していくことになることを期待しています。これから熊野で新たな福祉事業が始める可能性を感じた会になりました。
出会ったときは大学生だった若者が10年の時を経て、私と同じ福祉分野に参入してくれたことを感謝し、人生の不思議さを感じ、さらに彼が多くの方のご理解と協力をいただいて熊野のために大きく羽ばたくことを楽しみにしています。